番外編『平和な五人』中編 買い物を済ませた後、街に慣れたコーダの案内で宿を取り、その宿で遅い昼食をとった五人は、この街で年中やっている祭に顔を出そうということになった。 観光客の為に年中開かれている祭には名前がない。そもそも祭とは収穫や何かの記念日を祝うなどの理由があって催されるものだ。収穫を祝う為なら収穫祭などとどうにでも名がつけられる。よって祭を開くのが目的の祭に名前がないのは当然だった。 その祭は『祭通り』と何のひねりもなく名付けられた通りで行われており、出店が出され、大道芸人が人を集めて芸をしている様子が見て取れる。リクは、今までの旅の中で祭に何度か遭遇したことがあるが、毎日開かれているだけあって、飽きがくるのか、その出店の多様さは今まで見てきた祭の中では一番だ。 ファルガールと旅をしていた頃、出会った祭は本当に楽しかった。しかしファルガールから使える金額を制限されていた為、楽しむ出店は相当厳選しなくてはならない。そうやって出店を選ぶのも、また一つの楽しみだった、と今は思える。 こうやって出店を冷かすでもなく、ぶらついて郷愁に浸るというのは歳を取った証拠かもしれない。 (冗談じゃないぞ、俺はまだ若いんだから)と、カーエス、コーダあたりと射的でもするかと声を掛ける。「おい、カーエス、コー……ダ?」 振り向いてみて、眉を潜める。確かに先ほどまで自分の左斜め後方を歩いていたはずのカーエスとコーダの姿が消えている。顔を堅くして右側の後方を見てみると、ジェシカがおらず、いたのは真後ろを歩いていたフィラレスだけだった。 「フィリー、カーエスとコーダとジェシカはどこにいった?」 話し掛けると、フィラレスも自分の左右を見渡して、困った様子で視線を返す。どうやらフィラレスもたった今、仲間達とはぐれたことに気が付いた様子だ。 どうやらカーエス達が他の出店に気を取られている間に、リク達がさっさと先に進んでしまったらしい。おそらく、カーエス達としては、リク達が待ってくれるものだと思い込んでいたのだろう。 この雑踏の中だとなかなか見つかりにくいかもしれない。 「探すか? いや、宿に帰ればどうせ顔をあわせるんだから時間の無駄か。それよか祭を楽しまねーと」と、リクが判断を下すと、フィラレスに目をやって手を差し出した。「これ以上、はぐれたら流石に困るからな」 まっすぐ自分に向けられた眼差しを受け、フィラレスは少々顔を赤らめながらおずおずと差し出された手を握る。 そのフィラレスの仕種と、手に伝わる柔らかな感触で、リクは自分の提案したことの意味に気が付いた。フィラレスは既に子供と呼べる年代ではない。この歳で異性と手を握る、という行為は割と重大な意味を持っているはずなのだ。 フィラレスという少女は、とにかく相手の保護欲を掻き立てる性格をしている。リクはその為に、失礼なことにフィラレスをほとんど子供扱いしてしまっていた。 (他意はなかったんだが……。ま、いっか。見つかったらカーエスに殺されそーだけど) 気付いたからといって、今さら手を離すわけにもいかず、取りあえずは気にしないことにして、祭を楽しむことにする。 「よし、先ずは何か食うか! フィリーは何か食いたいモン、あるか?」 尋ねられたフィラレスはリクを見返すと、ぐるりを見回し、少し首を傾げて思考する様子を見せると、店の中の一つを指差す。 「おっ、お嬢さん、通だねぇ。キークカーケとは」 キークカーケは一言で説明すると、一口大で球形に焼き上げたケーキの事である。丸いスポンジの中には大抵何かつめられており、それは店、時、場所によって違うので連続で購入したりしない限り、二度と同じ味には出会わない。 何が詰められているのかは店の方では客に知らせない慣習となっている。外れもあれば当たりもあり、食べて楽しい菓子なのだ。リクも祭に遭遇した時は、必ずといっていいほど食べるし、一番祭に相応しい食べ物だと思っている。 「昼飯は辛いものだったから、丁度甘味が欲しかったところだしなぁ」と、リクが言いながらフィラレスの手を引いて、キークカーケの出店に向かって行く。 「はいいらっしゃい、彼氏と彼女で二人分?」 「んにゃ、一人分」と、リクが訂正し、店主が鉄板で焼き上がり、甘い匂いを発しているキークカーケを箱に盛り付けに掛かった時、フィラレスに言う。「二人で分けて食おう。そしたらもっといろんなモンが食べられるしな」 「はいよ」と、箱に詰めたキークカーケをリクに渡すと店主の中年男が愛嬌の感じられる仕種でウインクした。「いいねぇ、二人で仲良く一つの物を分け合うって」 「悔しかったらおっちゃんも奥さんとやればいいだろ」と、リクが返すと、店主はからからと豪快に笑った。 「嬢ちゃんみたいな恥じらいのある美人ならともかく、あんな気の強えばっかしの母ちゃんとやれるわけねぇだろ。全部食われちまわぁ、食い気は人一倍だしよ」 「へえ、それは褒め言葉かい?」 店の奥から聞こえてきた声に、店主の笑いがぴたりと止まる。脂汗がにじみ出て来る。油の切れた機械のように恐る恐る後ろを振り向いた先には、ふくよかでいかにも意思の強そうな顔つきをした女性が腕を組んで立っていた。 「げっ」 「何が、げっ、だい。気が強いって分かってるんだったら、もうちょっと気を付けて口を利きな!」 「じ、事実じゃねえかって、おい、あんた逃げないで助けてくれよ!」 笑いを噛み殺しながら手を振って去って行くリクに、店主は悲痛な声をあげるが、リクは足を止めなかった。そのやりとりを見ていた周囲の人間達が愉快そうな笑い声をあげる。 「ははは、なかなか面白かったな」と、フィラレスと並んでベンチに腰掛けたリクは、楽しそうに笑い声をあげながら、先ほど買ったキークカーケの箱をあける。その中の一つを、摘まみあげ、フィラレスに渡し、自分も一つ持つ。 「いいか? いち、にの、さんで一緒に食べるんだからな」と、リクが注意を促す。キークカーケは口に含んで噛むまで味が分からないのが楽しいので、二人で食べると一方の反応でどんな味か分かってしまうからだ。 フィラレスが頷き返すのを確認すると、リクはカウントを開始した。 「いち、にの、さんっ!」 二人一緒に口の中に放り込む。 とたんに、リクの顔が真っ赤になり、汗が噴き出してきた。 何とか咀嚼して飲み下し、フィラレスの様子を見る。しかし彼女には、特に変わった様子は見られなかった。 「こ、これ滅茶苦茶辛くないか!?」 尋ねてみるが、フィラレスはきょとんと首をかしげるばかりだ。 「とにかく、次は飲み物だ!」と、リクはフィラレスの手を取り、再び出店の雑踏の中に駆け込んで行く。 ***************************** 「へえ、中々良い雰囲気じゃないスか」 近すぎず、離れ過ぎない微妙な距離を保ちながら、リク達の後ろをつけていたカーエス達の中で、コーダが口元ににんまりとした笑みを浮かべて言った。 最初は本気ではぐれたものの、便利屋のコーダにしてみれば人探しは専門分野である。リク達がキークカーケの出店にいるのを発見した。声を掛けようとしたカーエスとジェシカを、二人が手を繋いでいることに気が付いたコーダが呼び止め、後をつけて様子を見ることを提案して今に至る。 リクとフィラレスは、いろいろな食べ物を食べつつ、魚釣りをしたり、射的をして遊んだりと、存分に祭を楽しんでいる様子である。 「フィリーがリク様に好意を抱いていることは分かっていたが、リク様も手を繋いでやっているというのはどう解釈したものだろう?」と、覗き見をするなどとんでもない、とはじめは反対していたジェシカも今はすっかり乗り気でコーダに尋ねた。 「今のところ兄さんに恋愛感情はほとんどないでやしょう。ただ単にこれ以上はぐれたら困るからって理由じゃないスか」と、コーダが自分の見解を述べる。「カーエス君はどう思いやス?」 コーダがすこし意地の悪い笑いを浮かべて目を向けたそこには、不機嫌な顔をしたカーエスがいる。 「別に、嫌ってるんでなければ、リクがフィリーの事をどう思ってようと構わへん」 「でも、フィリーさんの恋が適わなくてもいいんスか?」 コーダは、カーエスがフィラレスに対して抱く想いは知っている。となると、この質問はカーエスの心を抉りかねないものだったが、カーエスがファトルエルにおいて、フィラレスのリクに対する思いに気付き、自分の恋が成就することを諦めていることを知っている。 「フィリーは、別にリクと恋人同士になろうなんて思ってへんよ。二人きりでなくても、恋人同士でなくても、ただ一緒にいられるだけで満足できるような想いやしな」 「確かに、それは言えているかもしれんな」と、珍しくジェシカがカーエスの言葉に同意する。「あそこまで純粋な想いも珍しい」 「じゃあ、そろそろ兄さん合流しやスか?」と、コーダが前を行く二人を指差して提案すると、カーエスは首を振った。 「いや、放っとこ。いくら何でも今合流するのは不粋やろ」 踵を返して、立ち去ろうとするカーエスにコーダは後ろから肩を組んだ。 「フィリーさんもスけど、カーエス君もなかなかストイックでやスね。じゃあ、そんなカーエス君もちょっと元気が出るところへ行きやしょうか?」 「……“ちょっと元気の出るところ”?」と、コーダの含みのある表現にジェシカは形の良い眉をしかめた。 ***************************** 「酒場に行った?」 存分に祭を堪能し、そろそろ日も暮れようかという頃に宿に戻ってきたリクとフィラレスが、宿の主人から聞いたのはコーダからの言づてだった。 宿の主人は頷き、リクに一枚の紙を渡す。 「コーダさんから渡してくれと頼まれた地図です」 リクは受け取った地図を、ちらりと見て苦笑した。それはかなり細部まで描かれた地図だった。リクは自分が方向音痴であると自覚していることがある。この地図の余計なまでの詳細さをみると、コーダもそのことに気が付いているらしかった。 「それじゃ、俺達も行ってみるか」と、フィラレスに話し掛けると、彼女もこくりと頷き返してみせた。 |
![]() |
![]() |
![]() |
|||
Copyright 2003 想 詩拓 all rights reserved.
|
|||||